top of page
つつした代表

つつした代表

脚本
その他

プロフィール

登録日: 2026年1月11日

記事 (22)

2026年3月13日2
新たな一歩と新たな責任
1993年の創業以来、私たちは長年この地で多くのお客様に支えられながら歩んでまいりました。そしてこのたび、ご縁をいただき、拠点を豊中市へ移し、店舗兼工房として新たなスタートを切ることとなりました。 これまで長くお世話になった枚方を離れることは、正直とても寂しい気持ちです。 この地で出会ったお客様や関係者の皆さまとの思い出は、私たちにとってかけがえのない財産です。 思い返せば、コロナ禍により店舗を閉鎖するという大きな出来事もありました。しかし、店舗を構えていたからこそ、お客様と直接向き合い、足元の大切さや、私たちの仕事の意味をしっかりお伝えすることの大切さを改めて学ぶことができました。 その経験があったからこそ、今の私たちがあります。そしてこれからは、さらに多くの「お困りのお客様」にお応えできるよう、新しい場所で挑戦を続けてまいります。 またこのたび、 大阪靴下工業組合の理事長 をお引き受けすることとなりました。女性としては初めての理事長という大きな役目に、身の引き締まる思いです。 微力ではありますが、これまでの経験を活かし、業界の発展のため、そして次の世代へとつながる業界づくりの...

65
0
1
2026年2月3日2
立春。母が背負い、つないできたもの。
先日、息子が東京でつくった経営者の輪「つつしたの輪」へ、 母と一緒にご挨拶に行ってまいりました。 歩くことが少し苦手になった母。 今回は、 トヨタの C+walk S に乗り、駅では駅員さん方の親切に 助けていただきながらの東京行きでした。 「大丈夫ですよ」「ゆっくり行きましょうね」 その一つひとつの声かけに、母も、私も、何度も心があたたまりました。 90歳になった母が、こうして東京まで足を運べたこと。 それは、決して当たり前のことではなく、 多くの人のやさしさに支えられての一日でした。 父がこの世を去り、志半ばで果たせなかった夢を、 母は静かに引き受けました。 自分の人生よりも、家業を守り、人を守る道を選んだ人です。 現場に立ち、手を動かし、誰よりも早く工場に明かりを灯し続けてきました。 そして、子どもたちの居場所として始めただがしやでは、 今も変わらず、「おかえり」と迎えるような笑顔で店に立っています。 東京で、母は多くを語りませんでした。それでも、その佇まいと穏やかな笑顔に、 自然と人が集まり、場がやわらいでいくのを感じました。...

40
0
1
2026年1月2日2
2026年 新年のご挨拶
― だがしやの灯りが教えてくれたこと ― 新年あけましておめでとうございます。 旧年中は、樋口メリヤス工業株式会社を支えてくださり、心より御礼申し上げます。 工房の片隅にある、小さな「だがしや」。それは立派な店舗でもなく、 特別な設備があるわけでもありません。けれど放課後になると、 子どもたちの笑い声が集まり、「おばちゃん、ただいま」と声がかかる、かけがえのない場所です。 このだがしやは、25年ほど前、倉庫に眠っていた在庫を整理するために始まりました。 母のポケットマネーで作った小さなウッドデッキから、すべてが始まりました。 冬にはおでんを出し、夏にはかき氷を削りながら、いつの間にか、地域の子どもたちの居場所になっていきました。 今年91歳になる母は、今も現役です。体調と相談しながらも、 子どもたち一人ひとりの顔を覚え、「今日はどうしたん?」と声をかけ続けています。 その姿は、私たち家族にとっても、会社にとっても、「続けること」の意味を教えてくれる存在です。 樋口メリヤス工業は、靴下づくりの会社です。けれど本当に大切にしてきたのは、 人の足元と、心の足元を支えること...

20
0
bottom of page